肋骨鎖骨のブログ

友達の名前が呼べないタイプです。

身近な人の死にそなえて

22年生きてきて未だに親族の死を経験したことがない。母方も父方の祖父母どちらもだ。

けれどもここ数年、テレビで見てきた人、好きだった俳優や音楽家、ネット上の知り合いの死は幾度か経験している。

だからといって「あの時自分がこうしていたらあの人は死ななかったかもしれない」なんて後悔するほどの影響力は自分にはなく、ただただ静かに心に刻み込むだけである。

つまり、自分が一方的に知っているだけの間柄の人に対して、自分ができることなどないのだ。

 

しかし、自分の身近な人はどうであろうか。私の遠方に住んでいる方の祖父母は、2年ほど前から骨折や持病でみるみる弱ってゆき、ついには家に住むことができなくなった。

最後にあったのはコロナが広まるちょっと前であり、それ以来会うことができていない。

何かを悟ったのか、そのとき私は家の内観の写真を撮り回り、こっそり祖父との会話を録音した。それと、祖母の肩を揉んだ。

 

芸能人が亡くなったとき、自分の中にあるのは無力感だけだが、身近な人の死にはそなえることができる。おそらく私の祖父母や両親は私が生きている間に亡くなるだろう。そのときに後悔しないようやるべきことはやれるようになりたいと思う。

今はコロナ禍で別々の介護施設に暮らすようになった祖父母にまったく関わることができていない。自慢できるほどの大学には入ったものの就職は果てしなく微妙である。実績でこれ以上喜ばすことはできないと思うし、正直今やれることはない。

 

コロナがひと段落してもどれだけ会えるのかは謎だが、せめてそのときは側にいてあげたいと思う。

 

また、私は孫が自分に丁寧語で話すようになったくらいで死んであげたいと思う。

目薬がさせない話

 左目にかゆ激痛が走っているのでひさびさに目薬を指した。

 

 最初の2プッシュは目の下に外れた。ようやく3回目で目のちょい上に来たのでまばたきしてなんとか成分を眼球に染みさせることができた。

 

 元から目薬を指すのが苦手だったが、更にひどくなったのには明確な理由がある。それは大学一年生のときに酸性の「絶対に目に入れないでください」とラベルされている薬を、目薬だと間違えて眼球に指してしまったことだ。

 

 液体タイプで広範囲に塗ることができるニキビ用の薬だったか、形が似ているので間違えてしまった。どっちも木工用ボンドのような横に広いボトルだったからだ。

 ただ、似てると言っても目薬は透明な正方形気味の容器に黄色の半透明が入ってるもので、ニキビのは白くて硬い容器であってこれを間違えるのはそうないことだろう。

 

 この2つを似た形とみなす自分の視認性の雑さにビックリだが、すぐ気付いて水洗いをした自分をちょっと褒めてあげたいと思う。

 左目は眼球に直撃したが、右目は危機感からか外したのは不幸中の幸いだった。

 

 夜だったので声をあげれないし、助けを呼べないのも大変だった。もし家族がいる時だったら助けを求めたのかは疑問だ。

 

 なんで夜更かししてたかというとFGO天草四郎のイベントか強化クエストをやっていた覚えがある。

 

 FGOは去年の水着とキャストリアの8月から星5が一枚も出ていない。今回も散々でなけなしの無償石がここ数年で最小になっている。

 色々ひと段落したらはやくキャメロットを進めたい…

面接は通ったけど、御社に辿り着けなかった話(物理)

 ひとつ、軽い雑談をして最終面接に呼ばれた御社がある。これは自分の唯一の最終面接の経験である。仕事が終わった6時半に、面接にお呼ばれした。対面での面接は初めてだったので気合を入れて6時には最寄駅についた。

 

 しかし結論から言うと、ビルに辿り着くことができず帰ってしまった。夜で暗い初めての土地を、同じようなビルが立ち並ぶ中御社を見つけ出すのは至難の業だった。

 迷うのを見越して駅から徒歩5分のところ30分前には駅に着いたのだが、それでも面接終了時刻までに御社を見つけることができなかった。これはさすがに自分でもヤバいと思う。

 途中で流石に電話をしたらそんな予定は入っていないと言われ諦めてしまった。関西の本社に間違えて電話したことには気づけなかった。

 

 7時半になったのでせっかくだから飯を食べて帰ろうとしたがどこもラストオーダーが終わっていた。わざわざ電車賃を払って何もしないで帰るのはもったいないので、仕方なくコンビニでちょっと高めのおにぎりとカフェラテを買って食べてきた。おいしさが身に染みた。今までで一番うまいおにぎりだった。

 

 ちなみにこのときスーツとズボンの色が違って、色々ひどかった。間違える時は全て間違えることにいっそ清々しさまで感じた。

自分のいいところと、好きな人との思い出

 f:id:yangotonashi:20210622213152j:image

友達と行った横浜の夜景。

 

 自分のいいところはあるとしたら周りのために動けるところだろう(そのせいで手が掛からない「良い子」と思われるのが大きな落とし穴なのだが)。

 

 思い出深いのは、高校の頃は黒板掃除を係りでもないのに毎時間、3年間欠かさずやっていたことだ。自分の学校は日直の日替わり当番制だった。習慣化していない日直はだいたい忘れることが多かっので、自分がやることにした。

 最初は無言のアピールをしていたけど、次第に自分でやる方が速く、綺麗になることに気づいてしまった。そんなわけで毎日、毎時間、かなりの量の負担を引き受けることになった。

 辛いのはほとんど誰からも感謝されないことだ。黒板は当たり前に綺麗になっているものと化すからだ。当たり前にご飯を作ってくれるようになったら、感謝しなくなっちゃうみたいな話だ。

⭐︎

 そんなんだから一緒に手伝ってくれた女の子を好きになってしまうのは当然だった。いつも授業中も授業の間も寝ているのに見かねてやってきてくれた。1年生の後半の授業の合間は二人の共同作業だった。好きにならない方が無理だった。

 学期末に大掃除の時間があるのだが、先生のいないフリータイムになるので誰も掃除しないのが常だった。だからずっと一人でいろいろ掃除・片付けしていたのだが、それも二人になった。教壇って一人でどかすのがけっこう大変なのだ。こんなに楽しいことはない。

 黒板掃除はクラスが分かれた後も続けているそうなので、自分もやめるわけにはいかなかった。

⭐︎

 その後もこの人とは関係が長引くのだが、好きになった理由は以下に尽きる。「可愛い子に優しくされたから」だ。

 自分のいいところに気がついてくれて私もそうであろうとしてくれたのは、この上ない喜びだった。そんな素敵な人だったが、人間的にちょっとマズいだろうところもあった。

 二人で出かけるとき、行くのが億劫で待ち合わせにうん時間遅刻するとか、そもそも授業中だいたい寝ているところとか、ダメなところが自分に似ていてさらに好きになったのかもしれない。

⭐︎

 そういえば向こうからも「自分を見ているようでほっとけない」と言われたことがある。どこが似ているのかと聞くと、「意思をうまく伝えられないところとか周りになぜかバカにされるところ」だそう。ご慧眼どうも。そんなこと言われたらそりゃ好きになるわ。どうもどうも。

 

 こんなに綺麗好き感が出ているのに自分の机は全く片付けることができないのはどうにかしていると思う。これも多分一緒じゃないかな。

人生の怠慢

 人生で一番大事なスキルはなにかというと、謝るべき相手にすぐ謝ることができるスキルだと思う。

 時間が経つほど謝りにくくなるし、なにより心象が悪い。はやく謝れたらそれだけで印象がよくなるんだから、やらない手はない。自分としても謝んないといけないなぁと心の中で思い続けるのは体調が悪くなる。向こうからの連絡をビクビクしながら待つのは大変しんどい。

 だからはやく謝るのがお互いにWinWinなのはわかっているのだが、いざ文面を考えるとそれだけでうん時間かかってしまう。どうやっても言い訳じゃん!逆効果やろ!!となってしまって結局なんもやってないのと同じで最悪になる。

 なので謝った方がいいかな?と思った瞬間にはもう謝りましょう。プロシュート兄貴も言っとったぞ。

 

 というわけでそれもできない自分の怠慢が全ての元凶で、申し訳なさでいっぱいだ。

 22年の怠慢だ。

 今日あった出来事をちゃんと親に話してこなかったから。お人形遊びのとき、全部話を脳内で組み立てて少しも楽しそうに遊ばなかったから。誰かに注意するくらいなら自分がやった方が早いと会話を諦めていたから。好きな人ができて色恋沙汰が発展しても、周りには言わずに異性に相手されないキャラを演じ続けたから。

 

 人に頼らずにいたいし、できればできる人間だと思われたい。その結果手がかからないと思われたところで大失態を犯して信用を失う。これを結構繰り返して生きてきた覚えがある。

 

 なので自分が無能であることをちゃんと自覚して周りにさらけ出す必要があると思う。それがこのブログ開設の一目的だったりする。

 

 どうやらはたから見ると手のかからない人間だと思われることが多いらしい。けれどそうやって油断した途端すっごいやらかしをして信頼を無くすことがまあまあある。なんでか真面目に生きてきた割に怒られることが多い。

 中学生のときに文化祭の領収書一式をなくしたこと。ケータイと財布をいたずらで取られたままで、誰にも助けを求めず夜まで一人で途方に暮れていたこと。

 部活でもよく怒られていた覚えがある。2セット余裕で取ったのに何故かそこから逆転されるとか。キャプテンなのに練習試合で道に迷いまくって遅刻するとか。あとはなんかを忘れたりうっかりしたりしていたのだろう。忘れたけど。

 そういえば、中一の頃学校に荷物一式忘れて手ぶらで帰ってきたこともあったなぁ。

 

 そのかわり自分にはいいところがある(はずだ)。

 

 なので次回は自分のいいところを思い出とともに紹介しようと思う。

面接が苦手で色々詰みそうな件

※このブログは事実をもとにしたフィクションです。

 

 大学4年生、6月の後半、結構ヤバい。面接から逃げてきた人生が面接によって潰れかけている。

 

 この4か月はいろんな人の期待を裏切り続けるだけだった。親、先生、友達…ただ面接が苦手なだけでこんなにすべてがうまくいかないものなのか。

 いや、面接が苦手なだけというよりは、面接に必要な諸要素が圧倒的に足りていないのがバレてしまった。自分のことを話すこと、ハキハキ喋ること、話を端的にまとめること、そして人に頼ること…全部人生で逃げてきたことだ。

 

 というわけで色々逃げてきた人生を反省しようというのが目的でブログを立ち上げました。

 

 思い出やクソザコの面接や就活の話ができたらいいなと思ってます。