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【6/30第2巻発売記念】「男らしさ」の行方とは 映画批評ゼミの大学4年生が語る今最注目作『おかえりアリス』の見どころ+押見修造論

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本記事は『おかえりアリス』第3話までのネタバレを含みます。未見の方は以下の公式サイトにて第3話まで読むことを勧めます(無料)。

https://pocket.shonenmagazine.com/episode/13933686331620211547

 

 いま一番続きが気になる漫画を挙げるとしたら、自分は押見修造『おかえりアリス』を選びます。押見修造先生といえば『惡の華』『ぼくは麻里のなか』など、いびつでドロドロ(意味深)してる青春を描かせたら天下一品です。毒親を描いた『血の轍』も話題沸騰連載中です。

 マガジンを読んでる人はご存知かと思いますが、実は今『血の轍』以外にも連載している作品があります。それが『おかえりアリス』です。

 その第2巻が6/30に発売されます。その発売を記念して、自他ともに認める押見好きの私が魅力を解説してゆきます。第3話までのネタバレと、第1巻に収録されている話をネタバレにならないくらいで触れています。

 上にリンクを貼っているので、これを読む前か、読んで面白いと思ったら是非読んでくださいね。無料でもそれなりに読めます。

 ついでに過去作を踏まえて『おかえりアリス』に至るまでの流れを押見修造論」としてまとめてみました。極力ネタバレに注意して書きましたが、一応ご注意お願いします。単行本のあとがきについての言及が多いです。

 

 それでは、はじめます。

 

目次

I.『おかえりアリス』紹介

  1. あらすじ
  2. 人物紹介
  3. 作品の見どころ
  4. 作品解説

II.押見修造

  1. 『ぼくは麻里のなか』での大きな転換
  2. 『スイートプールサイド』のあとがき
  3. 『志乃ちゃん』から『血の轍』へ
  4. 『ワルツ』が出した答え

III.まとめ

  1. 「男らしさ」の彼岸
  2. 『おかえりアリス』を買え!!!

 

I.『おかえりアリス』紹介

あらすじ

「洋ちゃん、オナニーってしたことある?」ある日の部活帰り、慧ちゃんが言った。内気な中学生・洋平と、慧と結衣は幼稚園から一緒の幼馴染み。結衣を"女の子"として意識しだした洋平は、ある日、目を疑う光景に直面する。

https://pocket.shonenmagazine.com/episode/13933686331620211547 より引用

 

人物紹介

内気なメガネ 亀川洋平

 本作主人公。中学生のころから三谷が好き。中一のとき、偶然慧と三谷がキスしているところを目撃してしまい、以降トラウマに。三谷とは話せず、オナニーするだけの3年間だった。三谷と同じ高校に入り、関係をやり直して付き合いたいと思っている。

 入学初日、謎の金髪の美女に話しかけられる。

 

「男を降りた」 室田慧

 中一のときは女子ウケのよさそうなさわやかなイケメン。洋平にオナニーの仕方を教える。三谷に告白され、気持ちを確かめるためにキスをするが、それを洋平に目撃されてしまう。以降は洋平と気まずい仲となり、そのまま転校してしまう。

 高校からは地元に戻り、洋平と三谷と同じクラスとなる。昔と姿が大きく変わっており、長い金髪の髪に女子用制服を着ている。

 本人曰く、「一応男ですが 男はもう降りました」とのこと。女性になりたいわけではなく、「男を辞めたい」とのこと。そんな慧の帰還が物語を大きく動かす。

 

黒髪の清純派? 三谷結衣

 押見作品あるある(?)の黒髪ポニテ陰キャウケがよさそうな女の子。洋平の想い人。中学のときに慧に告白した

 

作品の見どころ

1.視線の描写

 描写力に定評のある押見先生ですが、『おかえりアリス』でもそれが際立っています。最大の特長は、何も台詞のない顔面の視線描写でしょう。台詞よりも眼がすべてを語っています。

 わかりやすいのは第1話で洋平が慧と三谷の密会を目撃するシーン。洋平に見られたのを気付いた慧のアンサーが表情だけだったのが印象的です。あと何と言っても第1巻収録の第5話の三谷ですかね。

 その他にも横目でチラチラするシーン。一瞬の間をアップの顔で埋める技法。同じ角度から目線だけ変わる構成。情景描写は最低限しかなく、本当に眼だけが訴えてきます。

 視線の使い方がもう夏目漱石ばりです。『惡の華』の最後の方は全然台詞がなかった記憶がありますが、その頃よりも表現力が凄まじくなっています。連載中の『血の轍』ほど劇的なシーンはありませんが、シレッとめちゃくちゃ上手いのが本作の魅力です。

 

2.キスの効用

 押見作品においてキスは重要な役割を果たします。上記の視線の話にしても、キスは眼と眼が限りなく近くなる行為ですから、そのときの眼の描かれ方にも注目です。『惡の華』のあのシーンとか、別記事で話したいくらいです。

 本作でも当然キスが果たす役割は大きいです。物語を動かし、常識を覆すようなキスです。あまり嬉しくなるような素敵なキスが見当たらないのは気のせいでしょうか。笑

 

3.三谷の嫉妬

 第2巻のストーリーの見どころはおそらく三谷の嫉妬でしょう。第1巻の最後に収録されている第5話は死ぬほど好きなんですよね。特にクソ不味そうなコーラが好きです。そんなコーラで楽しい会合ができるわけないだろ!この回で三谷の心境に変化があります。

 というわけで一見清純で「女の子らしい」三谷がどう心を剥き出してゆくのかに注目です。剥き出すのを前提に話してしまいましたが、過去作のヒロインを見るにそれは間違いないでしょう。笑

 傲慢で嫉妬深くしたたかな人間らしいところを曝け出してほしいですね!

 

作品解説

「男を降りる」とは

 作品のテーマはズバリ<「男を降りる」とは一体どういうことなのか>でしょう。「男を降りる」は作中で慧が表現したもので、『「男ならこうあるべき」と要請されるものをすべて手放すこと』と言い換えることができそうです。

 大事なことは「男を降りる」は「女になりたい」ではないということです。ここがこの作品の最重要ポイントと言っても過言ではありません。これは作中で慧が再三繰り返し言っています。「男から降りたけど、女になりたいわけではない。なら自分はどこに向かえばいい?」これはおそらく押見先生もまだ見つけることができていない問題です。一読者として、いっしょに寄り添いながら彼らの行く末を見守りましょう。

 「男を降りる」問題を考えるときに過去の押見作品がきっと役に立つはずです。次章では、過去の押見作品からどうやって『おかえりアリス』に至ったのかを推察してみます。

 

II.押見修造

 

『ぼくは麻里のなか』での大きな転換

 押見先生は自分の中にある問題を探るために漫画を描いているイメージがあります。なにかのインタビューで本人もそう言っていた記憶があります。ある程度の畳み方は考えているのかもしれませんが、物語を手探りで紡いでる漫画家だと勝手に思っていますがどうなのでしょうか。

 そんな押見作品のなかで一番大きな転換があった作品はおそらく『ぼくは麻里のなか』(2012〜2016)ではないでしょうか。

 あらすじは以下の通りです。

友達が一人もいない大学生の≪ぼく≫の唯一の楽しみは、コンビニで見かけた名も知らぬ女子高生を定期的に尾行すること。
いつものようにその娘を尾行していたら突然記憶が飛び、≪ぼく≫はその娘のベッドで寝ていて、≪ぼく≫はその娘になっていた。
その娘は≪麻理≫という名だった――。『惡の華』『漂流ネットカフェ』で話題の押見修造最新作。「漫画アクション」にて連載中。

第1巻あらすじより引用

 入れ替わりものなのでネタバレを踏まないように詳しくは解説しませんが、大事なことは、遠くから見て理想化しがちな女の子も人間であるってことです。人間らしい汚さ、愚かさってのがあります。それは身体もそうだし、心もそうです。それに気付くことの大切さをこの作品や他の作品で押見先生は教えてくれます。

 押見作品はあとがきが楽しみで単行本で買っているところもあります。独白が楽しみなんですよね。そんな中で『ぼくは麻里のなか』のあとがきは特異なところがあります。それは、自画像が毎回変わることです。わけのわからない生物から、姿が溶解するキャラ、さらには美少女まで多種多様です。また第1巻のころはあとがきで「心の中から女の子になりたい」と豪語していた押見先生が最終的に出した結論にも注目です。男女入れ替わりの物語を紡いで、彼はどう変わったのか。物語の外部にも注目すると新たな楽しみも生まれます。

 

『スイートプールサイド』のあとがき

 あとがきで言うと、『スイートプールサイド』(2016)のあとがきは特筆するべきものがあります。『スイートプールサイド』自体は結構前の作品ですが、単行本化は2016年であとがきもその頃に書かれたと推測されます。ちょうど『ぼくは麻里のなか』が終わった頃ですかね。

 特筆すべきなのは、自画像が美少女化していることです。しかも「女の子になりたい願望」を投影してると自分で注釈をつけて。

 アレ?まだ女の子になりたがってるの!?って感じですが、昔を振り返った最後っ屁(残光)のようなものだと捉えました。

 

『志乃ちゃん』から『血の轍』へ

 突然ながら、私は最近どもりが酷くなることがあります。元から喋りは得意ではありませんでしたが、大学4年生になって面接を繰り返すなかで、自分の喋りたいことが喋れなくなることが増えました。「えーっと」「まぁ」「なんというか」のような繋ぎの言葉が封印されるので最初の言葉が出ません。また丸で終わるのが怖くなってダラダラ長尺になったり、持ってきた話がまるでトラウマを語るように声が出なくなって、その周辺の思いついた直接関係ない話をしてしまうこともあります。

 押見先生自身もどもりに悩んだ経験があるということで、吃音を扱っている作品がいくつかあります。

 志乃ちゃんは自分の名前が言えない(2011〜2012,単行本は2013)と、連載中の『血の轍』(2017〜現在)です。一番の違いは、主人公の性別でしょう。志乃ちゃんは自分を美少女化している節がありますが、『血の轍』の静一は男の子です。

 自分に向き合い続けた作家が、ついに自分の性別で、自分の問題であるどもりと毒ママに挑んだのが『血の轍』だと思っています。

 

『ワルツ』が出した答え

 押見修造作品のなかで隠れ名作をひとつ挙げらと言われたら、間違いなく短編『ワルツ』を挙げます。この作品ではじめて女性誌に初めて押見作品が掲載されました。あらすじは以下。

惡の華』『ハピネス』『血の轍』の大人気作家・押見修造女性誌で初めて描いた話題の読切り41P!
「かわいい」の魔法を、君にかけてあげる。
凡庸な毎日を淡々と過ごす美少女・尾長はある夜、同じ高校でいじめられている男子・柏原が、女性下着を身に着けている姿を目撃する。その時から、二人だけの“秘密”は始まった。地味で卑屈な柏原の「かわいくなりたい」という願望を、自分の服やメイクによって叶えていく尾長。それは、お互いしか知らない密やかな遊びのはずだったが──。

あらすじより引用

 どこが名作かというと、この『おかえりアリス』の「男を降りる」問題に対して、ひとつの答えを明示しているからです。より正確に言うと、「これではいけない」のアンサーを出しました。

 かつて人間は「否定神学」といって、「これは神ではない」を繰り返すことによって漸近的に神に迫ろうとしました。

 これと同じで正しく「男を降りる」ことは果てしない道かもしれませんが、その最初の1ピースを『ワルツ』は示しています。 

 

III.まとめ

「男らしさ」の彼岸

 男でいることの辛さはもしかしたら全部被害妄想なのかもしれません。実は「男ならこうあれ!」と周りに直接言われたことはないです。

 「男なら強くあれ」と追いかけてくるのはいつも自分です。まあその「自分」というのは周りの影響から形作られるものですが。

 「男らしさ」を手放すかは自分次第ですが、だからと言って「女の子になりたい」と思ってしまうのは愚かです。それは「女は楽でいいよな〜。いざとなれば身体を売ればいいんだから」というゴリゴリの女性嫌悪に繋がりかねません。女性のほうが人生が楽という一方的な妄想の押し付けだからです。

 ならば男たちはどこに向かえばいいのか。『おかえりアリス』を読んで一緒に考えてゆきましょう。

 

『おかえりアリス』を買え!!!

 御託を並べましたが、普通に漫画として最高峰に面白いです。鬼才押見修造が行き着いた到達点が此処にあります。

 当初の予定では4/9発売でしたが、3ヶ月近く長引きました。発売を待ちに待っています。

 『おかえりアリス』第2巻、6/30発売!!おもしろいからつべこべいわずに買え!!!第1巻も買え!!!!!(ダイマ